フェミニスト

ひろゆき氏の意見に耳を傾けないフェミニストこそセクシスト(差別主義者)ではないのか

本記事の結論

フェミニストが目指す社会とは『男女平等の社会』ではなく『女性が優遇される社会』であり、その実現のためにはセクシストにならざるを得ない。

男女が同じ席に着き議論を交わす場面において、その議論に対する姿勢には男女に明らかな違いがあると思います。

これはあくまで私個人が感じている印象です。

  • 男性は論理的に客観性をもって事実を前提に議論を展開する。
  • 女性は感情的に主観的な意見をもって議論の腰を折る。

過激なフェミニストからすれば、この意見こそ性差別だと批判されそうですが、これって多くの人が感じていることではないでしょうか??

あなたはどう思いますか??

批判を恐れずに言うと、この客観的事実に気付いていないのであればそもそも議論の余地はなく、不毛な消耗戦になりかねません。

フェミニストという言葉は、近年では世間一般的にも注目を集める言葉となってきている印象があります。

しかし、その注目の集め方にはやや問題があるように思っているのは私だけではないはず。

本来ならば、女性の権利や男女平等を主張する人達を意味するフェミニストが、一部の過激な思想を持つ人達の主張によって、『女性優遇の男性差別』を訴えてる女性集団と誤った形で認識され始めている側面もあるのではないでしょうか。

だからこそ、炎上案件であり、世の中的にも注目されてきているのだと思われます。

つまり、本来のフェミニストの思想である『女性の権利や男女平等』にフォーカスされているわけではなく、「一部の過激な思想」にフォーカスされる形で世の中に注目されているということです。(←個人的な印象です)

その結果、フェミニストと名乗る人達はこの客観的事実を誤認し、

過激フェミニスト
過激フェミニスト
ようやく私たちの主張が世の中に注目されるようになった!!

と思い始めた矢先に、ひろゆき氏や私のような一般人からのフェミニストに対するやや冷やかな意見に対して、

過激フェミニスト
過激フェミニスト
なんなんこいつら。私たちを批判してるやん!! 毒や!!

とばかりに過激派以外の健全なフェミニストを巻き込んで攻撃的な姿勢を展開しているように感じます。

ただ、ここにはそもそもの誤解があり、私たち(ひろゆき氏も?)はフェミニストを批判しているわけではなく、一部の過激な思想を持つ人たちを批判的に捉えているにすぎません。

さらに、それらの一部の過激な思想を持つフェミニストを受け入れ、その過激な思想にストップをかけないことに対して注意喚起しているのです。

こうした背景を踏まえたうえで、現代のフェミニストについて考えてみたいと思っています。

ひろゆき氏の意見に耳を傾けないフェミニストこそセクシスト(差別主義者)ではないのか

引用元:Wikipedia

ひろゆき氏って誰??  まさか知らない人はいないと思いますけど…。

簡潔に紹介すると、

  • 温厚で人の話をよく聞く人。
  • 批判や世間体を気にすることなく自分の考えを述べる人。
  • 考え方が論理的で説得力のある答弁をする人。
  • お金持ちに見えないお金持ち。

というフランスに住む43歳のおっちゃんです。

最近では『1%の努力』という名著とも呼べるビジネス書を出版して話題になていますね(いや、もっと話題になってほしいです)。

「無駄な努力は人を不幸にしかねない…」
うーん、考えさせられますね。今自分が努力していることはどのような結果に繋がるんだろう…。

さて、そんなひろゆき氏の意見とはどういうものでしょうか。

2020年4月4日に公開されたAbema TV ニュースの映像をご覧ください。

これはひろゆきさんが好きとか嫌いに限らず、ぜひ見てほしいです。

私が常日頃から抱いていたフェミニストへの偏見は、もはや偏見ではないことを確信しました。。

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この中で語ったひろゆき氏のフェミニストに対する意見に以下のことが語られていました。

  • フェミニストの中には女性の権利を獲得するためには男性が差別されてもかまわないと考える人もいるが、それは単なる差別主義者ではないのか。
  • そうした一部の差別主義者がフェミニストの中にいることを他のフェミニストは受け入れている。
  • フェミニストは自分が気に入った意見のみを受け入れ、そうじゃない意見は”毒”として批判する。

これらの意見って客観的にみれば理解できるし、その通りですよね。

しかし、映像に出ていた3人のフェミニストの方は、ひろゆき氏の意見を理解はしているものの、受け入れたり認めることを拒んでいるように見えたのは私だけでしょうか。

こうした客観的事実について議論がなされない、議論している様でも論点をずらして(意図的ではなく論理性を欠いて)感情的な主張を展開してしまっては、フェミニストに対する理解を得ることは難しいとさえ思いましたが、いかがでしょう。

一般的に、男女平等を主張するフェミニストはその声を男性に届けようとしているように思います。

しかし、その主張は女性自身に向けるべきでだと私は思っています。

『家事・育児は女性の仕事』

という考えに対してフェミニストは真っ向から反発すると思います。

しかし、性の中には「早く結婚して仕事辞めて専業主婦になりたい」と思って婚活に励んでいる人が多くいることも事実です。

さらに言えば、「仕事を辞めたいから早く子供を産みたい」という考えを持っている女性さえいます。

こうした考えってかなり男性を軽視していると思いませんか??

自分が楽したいから外で稼いでくれる男性を見つけて結婚したい。

でも、年収は○○円以上で、身長は○○cm以上で…という話は女子会の中では定番です。

そもそも女性自身が男女平等を求めているわけではなく、むしろ男性を軽視して女性を尊重することを求める女性の方が圧倒的に多いのではないでしょうか。

こうした都合の悪い部分を見て見ぬふりをして男女平等を主張するフェミニストに違和感を感じてしまうのは私だけではないはず。

つまりは、フェミニストの真の敵は女性自身』だと考えられます。

フェミニストが実現したいのは男女平等ではなく女性が優遇される社会なのでは?

考えれば考えるほど、日本で問われるフェミニストという言葉の定義があいまいになってきている様に思えてきましたが、、要するに彼女たちは『性差別のない男女平等の社会を目指す』ことを目的としているのでしょうか?

もしそうであれば私の認識として『性差別』と『男女平等』は別問題として取り扱われるべきものだと考えています。。

おそらく女性 or/and フェミニストはこの問題をごっちゃにしているからこそ、議論がかみ合わない、結局何を目的としているのかが見えてこない、といった状況になっているのではないでしょうか(そうなってきているように私は思えて仕方ありません)。

Q. 『性差別』と聞いて皆さんは何を想像しますか?

私の直感では、セクハラ問題やレイプ犯罪などの男性が女性に与える屈辱的犯罪行為を想像します。

これが認められる社会は社会として秩序が崩壊していますよね。

しかし、現状ではその秩序が崩壊しかかっている状況にあるとも言える事件が報道されたり(最近の韓国で発覚した痛ましい事件)、日本でのレイプ犯に対する刑罰の甘さは極めて深刻な問題であると思います。

これらは許されるべきでない『性差別』であり、秩序ある人間が生きる世界において撲滅しなければなりません。

Q.『男女平等』と聞いて皆さんは何を想像しますか?

正直なところ、私は何も思い浮かびません。

そもろも今の世の中(日本)は、男女平等以上に女性優遇の社会になっているのではないでしょうか。

もし不平等を訴える女性がいるのであれば、自身の環境に甘んじてはいませんか?

例えば産休後に元の仕事に戻れないといった意見があるかもしれませんが、その考えは都合よく会社にすがりすぎです。

また、会社内での待遇に不満があるなら自ら起業する選択肢だってあるはず。

それにも関わらずに、女性は積極的にリスクを取ろうとしない。

そうした現状においてもなお不平等を訴える女性がいることが理解できません。

つまり、男女ともに望む社会は性差別による犯罪のない社会であり、一部の女性やフェミニストが望む社会は女性が優遇される社会ではないのでしょうか。

要するに、本心は『女性が優遇される社会』を求めているにもかかわらず、表向きの主張は『性差別のない男女平等な社会』主張しているからこそ、話がかみ合わず議論しても腑に落ちない部分が見受けられるのではないでしょうか。

フェミニストに対してこの意見を言えばめちゃめちゃ怒られそうですが、それこそがひろゆき氏の言う、

  • フェミニストは自分が気に入った意見のみを受け入れ、そうじゃない意見は”毒”として批判する。

ということですね。

いろんな意見がある中で、それらをみんなで議論することができれば面白い平和な社会であり、男女が隔たりなく意見できるのであればそれは男女平等の社会と言えると思います。

しかし、フェミニストの方達は気に入らない意見は議論すらせずに排除しようとする傾向があるように感じています。

その原因は『女性が優遇される社会を無理やり押しつけようとしているからこそだとさえ思えてきます。

まとめ:女性が優遇される社会の実現のためにはセクシストにならざるを得ない

もしも本当に『男女平等の社会』を目指すのであれば、男性にすがり早く結婚して子供を作り仕事を辞めたいという女性こそが、男女平等の社会実現の妨げとなっている要因であり、本来のフェミニストが向かい合うべき敵となるはずです。

それにも関わらず、そうした女性を見て見ぬふりをして、さらには自らの望む権利獲得のために男性差別すらも厭わない主義・主張を展開するフェミニストが目指そうとする社会とはいったいなんなのでしょうか。

性別により差別される社会を作り変えることなのか、もしくは単に自らの我がままを押し通すために男女平等という聞こえの良い言葉を掲げているだけなのか。

フェミニストが実現しようとする社会は『女性が優遇される社会』であり、男女平等どころか男性を軽視した社会の実現ではないのでしょうか。

だからこそ、ひろゆき氏や私のような意見を”毒”として扱い批判しすることで押しつぶそうとしていると思わざるを得ません。

その行為こそがセクシスト(差別主義者)であり、もはや男女平等の信念すら失っているのが現状ではないでしょうか。

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