大学院

修士論文が書けず大学院中退を考えている学生に元ポスドクから伝えたいこと

修士論文が書けず大学院中退を考えている学生に元ポスドクから伝えたいこと
大学院に進学して自分なりに必死に研究に取り組んできたのに、いざ修士論文を書くフェーズになると、自分のしてきた研究内容の薄っぺらさに気付いてしまった…。こんなんで修士論文を書き続けていいものなのか悩んでいます…。

つまり、「修士論文が薄っぺらい内容しか書けないので、こんなんで提出するのはプライドが許さない」ってことなのでしょうか…。

それで中退しようか考えている??

真面目なのはいいですが、真面目過ぎるのはバカを見るだけですよ…。

本記事では、修士論文に納得できずに中退まで考えてしまっている真面目な大学院生に向けた内容です。

  • 大学院は研究者を目指すために進学する場所。
  • 中退など論外!! あなたが書く修士論文に価値はない。

 

結論から言うと、修士論文なんて“大学院を卒業するための手続き”にすぎません。

どんな研究内容になろうが自己満でしかないので、気にする必要などまったくありませんよ。
※怒らないでくださいね。(笑)

 

簡単に私の自己紹介を。

☑ 学部4年+大学院5年で物理学博士号を取得
☑ 某大学の研究機関でPDとして勤務(5年任期)
☑ PDの給料は360万円(年収)

 

そもそも、修士2年間で自他共に認められるほど立派な研究ができると思っているのでしょうか。

例えば、大卒22歳で一般企業に就職した新卒社会人が2年間必死に働いで24歳で一流企業の社長に昇格って、、そんなことあり得ませんよね…。

 

大学院修士学生が論文を書けないのは当たり前

そもそも、修士課程で卒業することを前提に大学院へ進学する考えは間違っています。

大学院は研究者を目指すための研究機関

つまり、研究者を目指さない人が大学院へ進学すること自体が進路選択をミスっています。

参考書を読んだりゼミに参加する、プログラミングすることを『研究』と勘違いしている学生が多いですが、それは勉強 or 単なる作業にすぎません。

こうした学生はそもそも研究をしてきていないので、そもそも研究論文を書くことができなくて当然です。
※ネットで収集できる情報をまとめたに過ぎないものなど論外です。

そもそも研究って、なんの土台もない修士学生が短期間で成果が出せるようなものではないですよ。

 

大学院生が修士2年間(就活などを考えれば実質1年?)の短期間で世間に評価されるような研究成果を出すことができれば、人類はすでに太陽系外への宇宙飛行を可能にしているし、砂漠化の緑化や海洋水を飲料水へ浄化させるシステムなどが実用化されているはずです。

つまり、研究ってそんな簡単に成果が出るようなものではないってことです。

 

研究とは、人類が未だ解決できていない問題を解明しようと試みることです。あなたはどんな未解決問題を解明しようとしましたか??

 

具体的に、自分の言葉で答えられる学生はほとんどいないでしょう。

このことがすべてを物語っています。

これはあなたが未熟とか努力がたりないとかの問題ではなく、“研究というものが長い時間をかけて経験と共に培った知見で形成されていくもの”だからです。

 

修士課程の学生ができることって、どんなに優秀な学生であったとしても、時間的にも経験的にも先行研究をピックアップできることくらいです。

つまり、実質的に修士学生が“研究という域”に達することはほぼ不可能です。

これは、修士学生を見下しているわけではなく、現実です。

 

だからこそ、「研究内容が薄っぺらい」とか、「私は2年間何してきたんだろう」とか悩む必要はありません。

そもそも研究者になることを目的としていないんですよね??

研究者を目指さずに大学院へ進学しているなら、修士論文なんて“大学院を卒業するための手続き”にすぎません。

どんな内容の修士論文であろうが、卒業できればそれ以上の価値などありませんよ。

 

中退など論外!! あなたが書く修士論文に価値はない

そもそも、研究論文って何のために書くのかを考えてください。

繰り返しになりますが、“研究というものが長い時間をかけて経験と共に培った知見で形成されていくもの”です。

例えるなら、“レンガを積み上げる作業”に似ています。

1つ1つのレンガが研究論文(先行研究)であり、その積み上げがあって大きな研究成果が築き上げられます。

1人の偉業ではなく、多くの研究者の偉業の積み上げによって、人類は科学的進化を成し遂げてきました。

こうしたレンガの1つになる研究にこそ価値があると思いませんか??

 

あなたの研究はレンガになり得ますか?? もしくは、レンガを積み上げようという意識はありましたか??

 

この問の答えがすべてだと思います。

レンガを作る意識なく研究をしているのであれば、それは研究とは呼べない(評価されない)行為だし、自己満でしかありません。

大学院は教育機関ではなく研究機関。

あなた自身は大学院で“研究をしていたつもり”かもしれませんが、結論から言えば“研究をした気になっていた”にすぎません。

 

「2年間を費やして、振り返ってみれば中身のない研究内容だった…」

それで中退を考えるなど、真面目すぎにもほどがあります。(笑)

むしろ、このことに気付いただけでも、あなた自身が成長した証ですよ。

物事は常にアップグレードされていくものだし、していかなければいけないと思います。

 

このことに気付かずに修士を卒業していく修士学生がほとんどです。客観的に自分自身を評価することなく、盲目なまま大学院を卒業してしまうと、マジで2年間をムダにしただけで終わりですよ。

 

学問って娯楽の1つだと思うので、2年間という時間と学費を浪費して娯楽を楽しめたと思うなら、十分価値があるのだと思います。本人の問題ですからね。

でも、娯楽を目的に大学院へ進学する学生などいませんよね??

大学院進学は研究者になるための通過課程であり、研究者になる目的以外での進学などありえません。

 

大学院を誤解していない!?
【理系】あなたの大学院進学の目的は83%の確率で間違っている!!元ポスドクが解説します
【理系】あなたの大学院進学の目的は83%の確率で間違っている!!元ポスドクが解説しますこれから大学院へ進学しようとする理系の大学生、もしくは現在大学院修士課程にる大学院生に質問です。 結論から言うと、大学院へ...

 

はっきり言いますが、修士で卒業する前提で大学院へ進学したのであれば、そもそも考えが甘すぎるし、目的が明確ではないので、進学したことそれ自体に価値などありません。

そんな不明確な目的で研究機関に入って“まともな研究”ができるほど、大学院は甘くないです。

 

  • 薄っぺらい研究内容…
  • 中身のない研究成果..
  • 2年間を費やしてこの結果か…

 

そりゃそうですよ。(笑)

だって、そもそも大学院に対する考えが間違っているし、研究というものに対する誤解も多いんですから、まともな研究ができないのは当たり前。

それで、自他ともに認められるような修士論文を書けると思っていたこと自体がうぬぼれです。

繰り返しになりますが、修士論文なんて卒業のための手続きにすぎません。

つまり、修士論文に論文としての価値はない。

 

じゃあ、どうして教授たちは論文内容にたいしてボロカスあーだこーだ言うんですか…。
それが仕事だからです。(笑) それに自分の研究室(大学院)の出身者がひどい修士論文を書いていたら、さすがに学内での立場も悪くなりますよね。。

 

修士論文は学内で公開されるし修士の研究発表会もあるので、学内での教授自身の評価のためにも、ある程度は態勢を整える必要があります。

つまり、あなた自身のために指導しているわけではない…というのが本音でしょう。。

 

まとめ:修士論文は卒業のための手続き以上の価値はない

結論から言うと、修士論文なんてどんな内容になろうが自己満でしかないので、気にする必要などまったくありません。

そもそも、どんなに出来の良い修士論文であっても、投稿論文としてジャーナルに掲載されなければ、論文としての価値はありません。

つまり、あなたが苦労して書き上げた修士論文はあなたが卒業したあとは誰に読まれることもなく、大学院卒業書類の1つとして大学院事務に保管されるだけでしょう…。

 

大学院は教育機関ではなく研究機関。

あなた自身は大学院で“研究をしていたつもり”かもしれませんが、結論から言えば“研究をした気になっていた”にすぎません。

 

そもそも研究者を目指さないなら大学院へ進学する意味はありません…。

今さらそんなこと言われても、どうしようもないことですが、研究者を目指さないのであれば、修士論文なんて、なおさらどうでもいいものですよ。(笑)

卒業してしまえば、読み返すこともないだろうし、紙媒体もファイルもどこにいったか忘れるレベルの存在にしかなりません。

 

私は卒論も修論も残っていません。(笑) それに博士論文はジャーナルへの投稿論文の草稿的な役割にすぎなかったので、まったく重要視していませんでしたよ。

 

そんなレベルです。(笑)

ものごとは常にアップグレードしていくものだし、していかなければいけません。

いつまでたっても学生の頃に書いた論文をみて、「いい出来だなぁ」なんて思ているって、そのころから成長していないってことですよね。

なので、中身がなくても、薄っぺらくても、結論は気にする必要など全くありません。

 

中退など考えずに、卒業のための手続き書類の1つして割り切ってOKです。

 

あわせて読みたい
【悲報】大学院進学を後悔している学生の共通点【院卒に価値はない】
【悲報】大学院進学を後悔している学生には共通点がある大学院へ進学後に後悔している学生の多くは『学部生の頃のコンプレックスを抱えている』という共通点があります。学歴や成績、周りの同級生と比較した時の自分に対するコンプレックスです。これらを隠すために大学院卒と言う肩書きが欲しくて進学する人がいますが、目的なく大学院に進学する学生は間違いなく後悔します。大学院は教育機関ではなく研究機関であり、研究者を目指す目的がなければ進学する価値はありません。...